細菌感染分野では、ゲノム情報をもとに、病原体がどのように宿主に感染し症状をひきおこすのか明らかにするべく研究を行っています。また、次世代シークエンサーを用いた病原体検出法の開発により新たな病原体を同定し、原因不明の感染症の発症機序解明を目指しています。
腸炎ビブリオは海水中に生息する細菌で、ヒトに感染すると食中毒の原因となります。研究室では、腸炎ビブリオの全ゲノム解析により、病原性の原因となる分泌装置T3SS2を同定しました。T3SS2は約30の遺伝子から構成され、宿主の細胞に穴を開けて自らのタンパク質を注入する装置となります。腸炎ビブリオに感染すると、この装置により腸炎ビブリオのタンパク質が注入され、粘膜の炎症や下痢などの原因になることを明らかにしました。現在は、腸炎ビブリオ由来のタンパク質がどのように食中毒症状を引き起こすのか解析を進めています。
さらに研究室では、このT3SS2を構成するする遺伝子群の発現が、胆汁により誘導されることを明らかにしました。つまり、腸炎ビブリオの毒性は、我々の肝臓で生成された胆汁によりひきおこされるのです。実際に胆汁を除去する薬剤は腸炎ビブリオによる症状も抑制することから、この薬剤は腸炎ビブリオ食中毒の新たな治療薬となり得ることが考えられます。抗生物質などの抗菌薬は、耐性菌の出現が常に問題となりますが、このようなゲノミクスを用いた解析は、病原体そのものではなく感染症の発症機序をターゲットとした薬剤の開発を可能とし、新たな治療法へとつながることが期待されます。
また、腸炎ビブリオなどの病原体は「病原性」という観点から研究が進んでいますが、実はその生物としての生態は未だ多く謎が残されています。T3SS2はヒトでは食中毒症状の原因となりますが、この不思議な装置は本来の生息環境ではどのような機能を持つのでしょうか。生物としての病原体の生態について、病原性研究から得られた知見をもとに明らかにしたいと考えています。
世界では、新たに認知された新興感染症や、既知の感染症が再び流行する再興感染症が度々問題になっています。このような感染症では、原因となる病原体や、発症メカニズムが不明である例がしばしばみられます。これらの感染症について、次世代シークエンサーを用いたゲノム解析により、病原体や発症の原因となる遺伝子を同定し、病原体検出法、感染症診断法の開発を行っています。